医師外来

医師外来では、妊娠初期から妊娠末期、産後1か月までの妊婦健診を行います。
分娩予定日は、妊娠10週前後に最終生理日か胎児の頭殿長(胎児の頭からお尻までの長さ)から決定します。
分娩予定日が決まると、ベビーカレンダーを発行します。ベビーカレンダーには、各妊娠週数の検査項目、クラスの情報が一覧となっており、妊娠期間中の妊婦健診の内容が分かりやすく記載されています。
当院では妊娠12週から公費の受けられる妊婦健診が始まります。それまでに、母子手帳を地域の保健センターやその出張所で交付してもらいましょう。同時に公費補助の券も支給されます。
 

妊婦健診は、医師外来と助産院健診を交互に受診して頂きます。
妊娠12週、16週、20週、24週、26週、30週、34週、36週、38週、39週、40週が医師外来での妊婦健診となります。
妊婦健診では、毎回体重と血圧の測定、尿検査、および腹囲と子宮底長の測定、下肢のむくみのチェックを行います。
胎児超音波検査は医師および臨床検査技師が毎回行います。当院では経腟超音波診断装置、経腹超音波診断装置ともに4Dシステムを導入しております。条件が合えば赤ちゃんの生き生きとした表情を見ることができます。
帝王切開の予定の方や無痛分娩を希望される方には、妊娠34週から36週の間に、麻酔と手術に関する説明を行います。
 

妊婦健診の最後には、毎回ママカルテを発行しお渡しします。ママカルテには、その日の赤ちゃんの画像や妊娠経過中の赤ちゃんの推定体重の推移、健診結果が印刷されます。またその週数での一般的な赤ちゃんやお母さんの状態、注意点などがコラムとして記載されております。ご参考にされて下さい。

 

当院で妊娠中に行う主な検査

【甲状腺機能検査】
血液検査でTSH(甲状腺刺激ホルモン)、FT3(遊離トリヨードサイロニン)、FT4(遊離サイロキシン)を測定し、バセドウ病(甲状腺機能亢進症)や橋本病(甲状腺機能低下症)など、女性に多い甲状腺機能異常症の有無を判定します。異常値が出た場合は、血液検査でTRAb(甲状腺刺激ホルモン受容体抗体)や、抗TPO抗体(抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体)、抗Tg抗体(抗サイログロブリン抗体)などの甲状腺自己抗体の有無を確認します。
潜在性甲状腺機能低下症は、FT4が基準範囲内ですが、TSHが基準値上限を超える病態をいいます。妊娠中は胎児の成長のため甲状腺ホルモン需用量が増加するので、妊娠初期はTSH値2.5μU/mL以上、中期以降は3.0μU/mL以上で治療介入が推奨されています。
妊娠中の甲状腺機能異常は、母体や胎児に影響を与える可能性があります。胎児への影響として、甲状腺機能低下症では、早産、低出生体重児、新生児呼吸不全や成長後の知能指数への関与が示唆されています。甲状腺機能亢進症では、子宮内胎児発育遅延、低出生体重児、胎児甲状腺腫、早産、胎児死亡などがあります。母体への影響としては、甲状腺機能低下症では、流産、貧血、妊娠高血圧症候群、分娩児出血量増加が起こり易く、甲状腺機能亢進症では、子癇前症やうっ血性心不全などが起こり易くなります。
 

【トキソプラズマIgG・IgM】
 血液検査でトキソプラズマ抗体IgGとIgMを測定します。IgMが高値あるいはPersistent IgM(後述)が疑われた場合は、Avidity index検査(後述)を行います。
トキソプラズマ症は、病原性原虫により引き起こされる、典型的な人畜共通感染症の一種です。妊娠中に母体から胎児にも感染し、先天性トキソプラズマ症を発症することもあります。加熱処理の不十分な肉(馬刺、牛刺、鳥刺、レバ刺、レアステーキ)や、土や猫の糞に存在する原虫が口から入って感染します。その後、トキソプラズマの原虫は血液に乗って胎盤に感染・増殖し、胎児へ影響します。
母体は無症状のことが多く、妊娠中に初感染した人の約30%が胎児へ感染し、その胎児の数%-20%に先天性トキソプラズマ症を発症して、流産の原因となったり、胎児の眼や脳の発育に影響を与えたりします。出生時無症状であっても、成人になるまでに網膜の炎症や神経症状などを引き起こす場合があります。

 
【サイトメガロIgG・IgM】
血液検査でサイトメガロウィルス(CMV)抗体IgGとIgMを測定します。IgMが高値あるいはPersistent IgM(後述)が疑われた場合は、Avidity index検査(後述)を行います。
胎内CMV感染症は、乳幼児に神経学的後遺症を引き起こす可能性のある妊娠中のウィルス感染症です。CMV感染症は症状が軽いため気付かれないことが多く、妊婦に生じた場合には、胎児に影響を及ぼす場合があります。特に母体への感染が初感染の場合には注意が必要です。
 妊娠中に抗体がないと1~4%が初感染を起こし、初感染妊婦の40%は胎内感染を生じ、さらにそのうちの10%の胎児に影響が出る可能性があります。CMVに胎内で感染する頻度は、全出生の0.4~1%です。感染した胎児の85~90%は出生時には無症状で、10~15%は様々な程度の臨床症状があります。発達の過程で出てくる感音性難聴、運動障害、知能障害などの症状は、出生児に症状のあった児の90%、症状のなかった児の10~15%にみられます。

 
【風疹HI(赤血球凝集抑制試験)検査】
血液検査で風疹抗体の有無を判定します。風疹HI検査では、赤血球凝集活性を特異的に阻止し、IgG、IgMの各分画に存在する凝集抑制抗体を測定します。凝集を抑制する最大の希釈倍数をHI抗体価とし、16倍以上、256倍未満が正常値です。256倍以上は、風疹IgGとIgMの各分画の測定を行います。IgMが高値あるいはPersistent IgM(後述)が疑われた場合は、Avidity index検査(後述)を行います。
風疹とは、風疹ウィルスが感染者の唾液や飛沫などによって他の人にうつる病気で、春から夏にかけて流行します。主症状は発熱、発疹、リンパ節の腫れです。1週間程度で自然に治りますが、妊娠初期の女性が風疹に罹ると、胎児にも感染し、耳が聞こえにくい、目が見えにくい、生まれつき心臓に病気がある、発達がゆっくりしているなど「先天性風疹症候群」という病気を発症する場合があります。

 
【Persistent IgM】
風疹、トキソプラズマ、サイトメガロなどのウイルス感染は、胎内感染により胎児にも重篤な後障害を残す場合があります。妊娠初期に血液検査による抗体検査でその診断を行うことができます。抗体とは生体内に抗原が侵入したとき、それに対応して生成され、免疫として働くたんぱく質のことで、IgG・IgM抗体が代表的な抗体です。
IgM抗体は初感染で出現し、1~2週間でピークとなり、その後次第に減少し、数か月で消失します。IgG抗体はIgM抗体に引き続き出現し、1~2か月で平衡状態に達するとされています。一般にIgM抗体が検出されると、数か月以内の感染が疑われますが、中にはIgM抗体が消失せず、長期間続いてしまう場合があり、これをPersistent IgMといい、妊婦では妊娠前の感染か、妊娠中の感染か判断に苦慮する場合があります。
そのような場合には2~4週間の間隔をあけてIgM抗体の変化を確認します。短期間の間にIgM抗体が変化している場合には、妊娠中の初感染が疑われますが、それでも判断がつかない場合はAvidity index検査を行う場合があります。これはIgG抗体の抗原との結合力を示したもので、感染初期から時間とともに次第に強くなっていきます。妊娠中のPersistent IgMで、Avidity indexが低いと、妊娠中の初感染が疑われます。

 
【B型肝炎ウィルス抗原検査】
血液検査でHBs抗原検査を行います。B型肝炎ウィルス(HBV)は直径42nmの球形をしたDNAウィルスです。B型肝炎は血液を介したHBVの感染によって起こり、感染様式には「一過性感染」と「持続感染」の2種類があります。持続感染者はキャリアとも呼ばれ、日本ではHBVキャリアの多くが母児感染(母から子への感染)により生じています。
HBs抗原陽性と判定された場合、さらにHBe抗原検査が行われます。日本のHBs抗原陽性率は約0.2~0.4%、HBs抗原陽性妊婦のHBe抗原陽性率は約25%です。母児感染は通常分娩時に起こります。HBVキャリアの母親から生まれた赤ちゃんのキャリア化率は30%、母親がHBe抗原陽性の場合はキャリア化率80~90%とされ、出生後の感染防止対策が必要です。

 
【C型肝炎ウィルス抗体検査】
血液検査でHCV抗体検査が行われます。C型肝炎ウィルス(HCV)は1本鎖RNAウィルスで、血液を介したHCVの感染によって起こります。HCV抗体陽性には「既往感染者」と「HCV持続感染者」の2種類があります。持続感染者はキャリアとも呼ばれ、現在での主な感染経路は母子感染(母から子への感染)と言われています。
HCV抗体陽性と判定された場合、さらにHCV-RNA定量検査が行われます。一般妊婦のHCV抗体陽性率は0.3~0.8%であり、そのうち約70%でHCV-RNAが検出されます。既往感染者はHCV-RNA定量検査が「検出せず」であり、持続感染者(キャリア)は「検出」となります。HCV-RNA定量検査が「検出せず」の場合、母子感染は成立しません。HCV-RNA定量検査が「検出」の場合、母子感染が約10%の確立で発生します。

 
【ヒト免疫不全ウィルス(HIV)検査】
血液検査でヒト免疫不全ウィルス(HIV)検査を行います。HIVは後天性免疫不全症候群(AIDS)の原因ウィルスで、直径100nm程度RNAウィルスです。感染から初発症状が出現するまでは2~4週間、数週間で診断可能な抗体が出現してきます。感染から免疫低下によるエイズ発症までの潜伏期間は平均10年程度とされています。
HIVスクリーニング検で陽性反応の場合、HIV-1ウェスタンブロット法とHIV-1PCR法の両者による確認検査が必要となります。

 
【クラミジア・トラコマティス検査】
子宮頸部から採取した粘液を核酸増幅法(PCR法)という遺伝子診断で行います。クラミジア・トラコマティスは、直径0.3μmの球形を呈する細菌です。宿主となる細胞に寄生し増殖するため、炎症症状が出にくく罹患しても気づきにくい感染症です。性行為感染症の一種で、女性の場合子宮頸管炎や骨盤腹膜炎を引き起こす原因菌となります。
 クラミジア・トラコマティスは、母子感染により新生児結膜炎や肺炎を引き起こします。クラミジア・トラコマティス頸管炎のある妊婦から出生した新生児の、結膜炎の発症頻度は約30%、肺炎は5~6%とされています。日本のスクリーニング検査の陽性率は3~5%であり、10~20歳代が陽性者の大部分を占めています。

 
【ヒトT細胞白血病ウィルス(HTLV-1)抗体検査】
血液検査でヒトT細胞白血病ウィルス(HTLV-1)抗体検査を行います。HTLV-1はATL(成人T細胞白血病)の原因ウィルスです。感染経路は、母子感染、輸血、性行為感染に限られ、ATL患者のほとんどは母子感染による成人キャリア(感染が成立しても、その感染症特有の症状がはっきりと判らない、無症候の状態)からの発症です。日本のHTLV-1キャリア成人数は約108万人と推計され、HTLV-1キャリアからのATLの生涯発症率は3~7%程度です。
HTLV-1抗体検査には偽陽性(陰性であるのに、誤って陽性と判定されるもの)が存在し、ウェスタンブロット法による確認検査が必要で、陽性であった場合にHTLV-1キャリアと診断されます。

 
【B群溶血性レンサ球菌(GBS)検査】
B群溶血性レンサ球菌(GBS)検査は、腟分泌物培養検査で行います。GBSは、新生児に髄膜炎や肺炎など重症な感染症を起こす可能性のある細菌です。しかし、一般的には病原性は弱く、新生児以外に感染症を起こすことは稀といわれています。
GBSは膣に常在できる細菌の一つで、症状が無くても10%程度の妊婦がGBSを持っているといわれています。日本における、新生児早発型GBS感染症の発症率は0.1~0.2/1000出生と決して高率ではありません。しかし、新生児早発型GBS感染症の63%が出生当日に発症し、新生児死亡や後遺症残存の確率が高く、スクリーニング検査と分娩時の抗菌薬投与がガイドラインで勧められています。
 

妊娠中の主な合併症

【妊娠糖尿病】
妊娠糖尿病(gestational diabetes mellitus:GDM)とは、「妊娠中に初めて発見または発症した糖尿病に至っていない糖代謝異常」と定義されます。妊娠中に発見された明らかな糖尿病や妊娠前からの糖尿病合併妊娠は含めません。
 

妊娠が成立すると、妊娠を適切に維持するために、卵巣や胎盤、脳下垂体から、エストロゲン・プロゲステロン・プロラクチン・胎盤性ホルモンなどのホルモンが大量に分泌されます。これらのホルモンの影響を受け、母体は著しい「インスリン抵抗性」を示し、ほぼ全ての妊婦は糖を処理する能力が低下し妊娠前よりも高血糖の状態になります。妊娠中のこの高血糖は、母体が取り入れた栄養を胎児へ優先的に提供するため、胎児成長の観点からは合目的な現象と言えます。
 

妊娠糖尿病の検査は、妊娠初期と中期に随時血糖測定(105mg/dL以上陽性)や、50gGCT検査という50gの糖を含んだ糖水を飲み、60分後の血糖値を見る検査(140mg/dL以上陽性)でスクリーニング検査を行います。陽性の妊婦に対して、診断検査として75g糖負荷試験(75gOGTT検査)を行います。妊娠糖尿病学会の基準値でそれぞれ空腹時92mg/dL、1時間値180mg/dL、2時間値153mg/dL以上が陽性となり、1点以上を満たした場合GDMと診断されます。
 

妊娠糖尿病妊婦の管理は巨大児をはじめとした、切迫流産、切迫早産、妊娠高血圧症候群、子宮内胎児発育遅延、妊娠高血圧症候群等、種々の周産期合併症予防が目的となります。その基本は非妊娠時の糖尿病と同様に、血糖管理と体重管理が中心とされています。血糖値の管理目標は、食前70~100mg/dL、食後2時間後120mg/dL以下とし、食事療法、運動療法のみで正常血糖値が維持できない場合にインスリン療法が適応となります。
 

食事療法としては、標準体重(身長(m)2×22)×30kcalを基本とし、BM:25未満の肥満でない妊婦では健常妊婦の必要エネルギー付加量に準ずる場合と、妊娠期間中一律に200kcalを付加する2つの方法があります。BMI:25以上の肥満妊婦に対してエネルギー付加は行いません。1日3食を規則正しく摂取し、指示されたエネルギー摂取量内で炭水化物、蛋白質、脂質のバランスを取り、適量のビタミン、ミネラル、食物繊維を摂取することが望ましいとされています。一般的には総エネルギー量の50~60%を炭水化物で摂取し、蛋白質は1.0~1.2g/kg(標準体重)が目安です。最近糖尿病の食事療法として糖質制限食が話題となっていますが、推奨されるのは1食あたりの糖質摂取量20~40g、1日あたりの糖質摂取量70~130gを目安とする穏やかな糖質制限食です。肥満やインスリン抵抗性の改善において、穏やかな糖質制限食と厳格な糖質制限食とでは差異がなく、厳格な糖質制限食ではQOL(生活の質)やコンプライアンス(遵守率)の低下が指摘されています。特に妊婦の場合は糖質そのものが胎児の成長に影響を与えますので、適正な糖質量の摂取(糖質コントロール)を心がける必要があります。
 

分娩時の高血糖は、胎児機能不全、新生児仮死、新生児低血糖と関連することが知られています。分娩時の母体血糖コントロールはこれらの胎児・新生児合併症の予防を目的とし、また分娩時に必要とされるエネルギー量を供給しながら、必要に応じてインスリンを補給してグルコース利用効率を高めることが基本となります。分娩時の高血糖に対して、糖質を含まない輸液のみで対処し、十分なグルコース補給が行われなければ、母体は脂質の異化亢進による高ケトン体血症によるケトアシドーシス、あるいは胎児アシドーシスの原因となることがあります。このような観点から、当院では分娩時の血糖管理プロトコールを作成し、妊娠中にインスリン療法が必要であったGDM妊婦は全てこのプロトコールのもとで分娩時管理を行うことで、母児ともに良好な産後経過を得ています。
 

妊娠糖尿病と診断された方も、妊娠が終わると正常な状態に戻ります。しかし、妊娠糖尿病を発症した人は、分娩後10年以内の2型糖尿病の発症リスクは、妊娠糖尿病を発症しなかった人の7~10倍以上といわれています。妊娠期間中も含め産後のフォローアップはとても重要で、産後は引き続き外来で定期的にフォローアップを行います。
 

2012年1月から2022年6月までに、当院で分娩された5,739名の妊婦で、GDMと診断された妊婦は全体で744名(11.5%)でした。これらのGDM妊婦の内訳は、1 point GDM:475名(63.8%)、2 point GDM:215名(28.9%)、3 point GDM:54名(7.3%)でした。また、インスリン導入率はGDM全体で75名(10.1%)で内訳は、1 point GDM:31名(6.5%)、2 point GDM:28名(13.0%)、3 point GDM:75名(29.6%)でした。point数の高いGDM妊婦は、GDM妊婦に占める割合は低い一方、インスリン導入率は高くなる傾向がありました。
 


【妊娠高血圧症候群】
妊娠中期以降から、妊婦に高血圧、蛋白尿、浮腫などの症状が現れる病気を以前は「妊娠中毒症」と呼んでいました。最近の研究では、母体や胎児の障害に直接関係する異常は、「高血圧」が中心であることが解明されました。よって、現在では高血圧が認められる場合に焦点を絞った、「妊娠高血圧症候群」という病名が使われています。
 
「妊娠高血圧症候群」は「妊娠20週以降、分娩後12週まで高血圧がみられる場合、または、高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、かつこれらの症状が単なる妊娠の偶発合併症によるものでないもの」として定義されます。ただし、もともと妊娠前から高血圧や蛋白尿があると診断されている場合は、「高血圧合併妊娠」や「腎疾患合併妊娠」という病名になります。
 
妊婦の血圧測定と、尿検査で尿中蛋白の測定が妊娠高血圧症候群診断の基本です。 6時間以上の間隔を空け、2回以上、収縮期血圧が140mmHg以上(重症160 mmHg以上)、または拡張期血圧が90mmHg以上(重症110 mmHg以上)、片方あるいはその両方の場合に高血圧と判断します。真の蛋白尿の診断には、24時間の尿を集めて1日の蛋白尿を正確に測定する必要があり、1日量が0.3g以上(重症では2g以上)の場合に真の蛋白尿と診断します。妊婦健診で実施されている尿検査で蛋白尿(+)の結果が得られた場合は、偽陽性の場合があります。そのため、目安として尿中の蛋白とクレアチニンの比を取り、おおよそ0.3mg/mgクレアチニン以上の場合に真の蛋白尿と推定する方法もあります。
 
妊娠高血圧症候群の原因はまだ解明されていませんが、妊娠15週までに胎盤の血管が正常とは異なった作られ方をしてしまう、という説が有力です。胎盤は子宮に付着し、胎盤の組織細胞が子宮壁に侵入していきます。その時に子宮側のらせん動脈という血管の壁を一度破壊し、より多くの血液が胎児側に流れるように血管の壁の構造を再構築します。妊娠高血圧症候群では、この血管の壁の再構築が十分ではない可能性があり、その結果、胎盤で母体から胎児側への酸素や栄養素の供給が不足し、胎児の発育が悪くなります。そうすると、母体側は胎児の発育に必要な栄養や酸素をできるだけ多く供給しようとし、高血圧がおこってしまう、というのが妊娠高血圧症候群の起こるメカニズムと考えられています。
 
妊娠高血圧症候群は重症化すると、母体にけいれん発作、脳出血、肝臓や腎臓の機能障害、肝機能障害に溶血と血小板減少を伴うHELLP症候群などを引き起こす場合があります。また胎児に胎児発育不全、常位胎盤早期剥離、胎児機能不全、胎児死亡など、母体と胎児に危険な状態をもたらす疾患であり、早期発見と発症の予防が必要ですが、現在までに確立されたものはありません。妊婦健診を毎回受診し適切な周産期管理を受けることが、早期発見のために最も大切なことです。妊娠高血圧症候群発症のリスク因子は、糖尿病や高血圧症、腎臓病などの合併症、肥満、40歳以上の高齢妊娠、高血圧家族歴、多胎妊娠、初産婦、妊娠高血圧症候群既往歴、などがあります。このようなリスク因子を持つ妊婦には、より慎重なフォローアップをすることで、発症の予防や早期発見を達成することができます。
 
治療は、安静が基本となります。けいれん予防のためや重症の高血圧に対し降圧剤を用いる場合がありますが、急激に血圧が下がると胎児の状態に影響を与えることがあり、注意が必要です。なお、水分摂取制限や利尿剤は母体血栓症のリスクを高め、また過度の塩分制限の効果は近年否定されています。母体や胎児にとって妊娠の継続が好ましくないと考えられた時には、分娩が治療の選択肢となります。分娩後は母体の症状は急速に改善しますが、重症例では、出産後も高血圧や蛋白尿が持続することがあります。
 

【妊娠悪阻(つわり)】
妊娠悪阻(つわり)とは妊娠初期の悪心、嘔吐を主症状とするもので、70~80%の妊婦に起こります。症状は早い方で妊娠5~6週から始まり、妊娠16週までには95%が改善するといわれています。多くの方が経験し、妊娠週数が進むにつれて症状は自然に改善しますが、中には重症化して治療が必要となる妊婦の方もいて、決してあなどれない病気です。
 

妊娠悪阻を発症すると、常時胸がむかむかする、物を食べたり、水分を飲んだりすると吐いてしまう、唾液が出続けて止まらない、などの症状が出現します。つわりの発症機序は、症状の変化が「ヒト絨毛性ゴナドトロピン(HCG)」という妊娠性ホルモンの分泌曲線と一致していることから、HCGの急激な上昇に対して体が適応できないためとの説もあります。
 

人は食物を摂取すると、消化器官でブドウ糖にまで消化・分解し、腸管でそれを吸収します。吸収されたブドウ糖は、血管内で細胞に取り込まれ、血流に乗って体の各組織に運ばれエネルギー源として使用されます。使われなかったブドウ糖は肝臓にグリコーゲンとして蓄えられ、必要に応じて使用されます。栄養を摂取しないと血流中のブドウ糖はたちどころに消費され、肝臓のグリコーゲンも数日で枯渇します。その後も栄養が取りこまれないと、人の体は体脂肪を分解しエネルギー源として使用され始めます。脂肪を分解する過程で発生するケトン体も吐気を誘発する物質の一つです。ケトン体はエネルギー源として重要ですが、余分なケトン体が血液中に存在し続けると症状は更にひどくなります。吐気の症状を緩和するためには、水分を摂取して余分なケトン体を体外に出す必要があるのです。
 

妊娠悪阻の症状が長引いたり、増悪したりすると「重症妊娠悪阻」として積極的な治療が必要となる場合もあります。重症妊娠悪阻とは妊娠悪阻の症状が悪化した栄養代謝障害で、悪心と嘔吐、著しい体重減少(妊娠前体重と比較して5%以上)、脱水、電解質およびpH(体液の酸度・アルカリ度を示す数値)の異常を特徴とします。ビタミンB1の欠乏から引き起こされるWernicke脳症を発症し、亡くなられる妊婦さんもいますので厳重な注意が必要です。
 

つわりの妊婦さんの治療方針は食事療法が中心となります。下記につわりの時の食事対策を列記しました。
1. 食べたい時、食べたい物を食べましょう。
2. 手軽で簡単に食べられる物を選びましょう。
3. 臭いを避け、冷たくして食べましょう。
4. 口当たりがさっぱりして酸味があるもを選びましょう。
5. 適度に水分(氷)を補給しましょう。
6. スパイスや香草などは量に注意し、香ばしい味の物を避けましょう。
7. 既製調理食品を適宜利用しましょう。
8. 一日の食事を6回程度の分割食にし、胃を空にしないようにしましょう。
9. 就寝前のビタミン剤(B群・C)の摂取で、朝の吐気が緩和されます。
10. 便秘を避け、食後の休養を十分に取りましょう。
 

重症妊娠悪阻の管理指針は、安静と補液による脱水の改善、電解質補正およびビタミンの補給です。妊娠前より5%以上の体重減少や尿ケトン体陽性が続く時は入院が必要となる場合もあります。抹消静脈栄養により脱水の改善と電解質の補正、ビタミンB群を中心としたビタミン剤の投与を行いますが、抹消静脈栄養によっても症状が遷延し、体重減少が著しい場合は、中心静脈栄養による高カロリー輸液に移行します。重症妊娠悪阻の方には食道や胃の病気が隠されていたり、甲状腺機能亢進症や糖尿病を合併している方も存在し、内科受診が必要となります。
 

【甲状腺機能異常症】
甲状腺は喉仏の下にある、大きさ3~5cmの蝶の形をした内分泌腺臓器です。体の代謝をつかさどる甲状腺ホルモン、FT3(遊離トリヨードサイロニン)とFT4(遊離サイロキシン)を分泌する重要な臓器で、脳下垂体から分泌されるTSH(甲状腺刺激ホルモン)の作用で分泌量がコントロールされています。
 

甲状腺ホルモンと甲状腺刺激ホルモンの分泌の間には「フィードバック機構」という仕組みがあって、甲状腺ホルモンの分泌量が少ないと「正」のフィードバックが働き甲状腺刺激ホルモンが上昇し、甲状腺ホルモンの分泌を促します。逆に分泌量が多いと「負」のフィードバックが働き、甲状腺刺激ホルモンが低下し、甲状腺ホルモンの分泌が抑制されます。甲状腺機能異常症とは、何らかの原因でこのフィードバック機構がうまく働けない状態を示し、「甲状腺機能亢進症」と「甲状腺機能低下症」の2つに分類されます。
 

甲状腺機能異常症があると月経不順や不妊症の原因になることがあります。流産・早産の直接の原因となることはありませんが、必要な治療を受けずにいると一般の人より流産率が高くなるとも言われています。甲状腺機能異常症と胎児奇形との因果関係は無く、妊娠中に甲状腺機能異常症の薬を内服していても、赤ちゃんの成長に問題はありません。
 

【バセドウ病】
甲状腺機能亢進症を呈する代表的な疾患は「バセドウ病」です。バセドウ病は、甲状腺を過剰に刺激するTRAb(甲状腺刺激ホルモンレセプター抗体)という物質が体内で作られ、血液中の甲状腺ホルモンの濃度が高くなる病気です。甲状腺ホルモンが高くなると、心臓や肝臓、骨などに悪い影響を及ぼします。動悸や発汗があり、食欲が増す割に体重が減少したりします。患者さんによっては、目が出たりまぶたが腫れることもあります。
 

妊娠すると胎盤からヒト絨毛生ゴナドトロピン(hCG)が分泌されます。このホルモンにも弱い甲状腺刺激作用があり、妊娠初期に甲状腺ホルモンが高くなることがあります。これを妊娠初期の「一過性甲状腺機能亢進症」といい、妊娠悪阻の原因の一つとも言われています。このためバセドウ病を持つ妊婦は、妊娠初期にバセドウ病が悪くなった時のようになり、妊娠悪阻の症状も強くなることがあります。
 

治療として抗甲状腺薬、手術療法、アイソトープ治療などがあり、患者の病状に合わせて選択されます。抗甲状腺剤の第一選択薬はMMI(チアマゾール)ですが、妊娠希望者や妊婦、授乳婦はPTU(プロピルチオウラシル)が第一選択薬となります。
 

【橋本病】
甲状腺機能低下症を呈する代表的な疾患は「橋本病」です。橋本病は甲状腺に慢性の炎症が起きている病気で、抗TPO抗体(抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体)、抗Tg抗体(抗サイログロブリン抗体)などの甲状腺自己抗体が存在します。
 

この病気は甲状腺疾患の中では最も多く、女性の10人に1人は橋本病とも言われており、これ自体はあまり問題ではありません。しかし、炎症が進んで甲状腺ホルモンが十分に作られないと甲状腺機能低下症となり、治療が必要となります。橋本病による甲状腺機能低下症は自然に治る場合もあります。治らない人は不足分の甲状腺ホルモンを服用することで治療になります。
 

【潜在性甲状腺機能低下症】
「潜在性甲状腺機能低下症」とは甲状腺ホルモンを正常範囲内に保つために、より多くの刺激が必要な状態で、女性・高齢者に多く、健康な人の4~20%に認められています。原因は、橋本病、ヨウ素過剰、甲状腺手術後、アイソトープ治療後などです。自覚症状はないことがほとんどで、高コレステロール血症や心機能低下、女性では不妊症や流産、胎児脳発育との関連が指摘されています。
 

TSHは個人の甲状腺機能の変動を鋭敏に反映していると言われています。「潜在性甲状腺機能低下症」とは甲状腺ホルモンが基準値以内で、TSHが基準値上限を超えている状態を示します。これは、その個人にとっては軽度の甲状腺機能低下症であることを示し、妊娠中には2つの問題が指摘されています。
 

1つ目は「潜在性甲状腺機能低下症」では流産と早産のリスクが増加すると言われています。2つ目は「潜在性甲状腺機能低下症」でも児の知能、行動に影響を及ぼすことが指摘されています。甲状腺ホルモンは、胎児の脳も含めた身体発育にきわめて重要です。母体の甲状腺ホルモンは胎盤を通して胎児に移行します。全妊娠期間中母体から移行した甲状腺ホルモンが胎児の発育に中心的役割を果たしています。妊娠初期にhCGで甲状腺が刺激され、母体血中の甲状腺ホルモン上昇期にほぼ一致して胎児の中枢神経系の重要な器官が形成されており、この時期の母体の甲状腺ホルモンの不足は胎児脳神経系の発育にマイナスの影響を与える可能性があります。
 

これらの理由から、「潜在性甲状腺機能低下症」では合成T4製剤(レボチロキシンNa)での治療を行うことが推奨されています。この場合の目標コントロール値は、妊娠初期では2.5μIU/mL以下、それ以降では3.0μIU/mL以下が推奨されています。

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