プレコンセプションケア(妊娠前からのケア)
プレコンセプションケアとは
プレコンセプションケア(Preconception Care:PCC)とは、プレ(pre)は「~より前の」、コンセプション(conception)は「妊娠・受胎」のことで、「妊娠前からのケア」のことをいいます。
プレコンセプションケアは、ヘルスリテラシー(Health literacy)の向上を目指しています。健康情報(Health)を入手して、理解し活用する技能(literacy)する。つまり、正確な健康情報を活用して、日常生活で病気の予防や健康管理を行うことで、生涯を通じて良好な生活を維持することができます。
これからの妊娠を考えながら女性やパートナーが自分たちの生活や健康に向き合うヘルスケアがプレコンセプションケアです。現在のからだの状態を把握し、将来の妊娠やからだの変化に備えて、健康に関する正しい知識や習慣を身につけることを目指します。女性だけではなく、夫・パートナーも含めて取り組むことが何よりも重要です。
また、プレコンセプションケアに取り組むことで、妊娠前の女性やパートナーの健康状態が改善され、安全で安心な妊娠・出産の可能性が大きくなります。自分のプレコンセプションケアに取り組むことで、生まれてくる子どもが健康的な生活を送ることにつながり、最終的に子どもの健康寿命をのばすことが期待されます。まだ妊娠を考えていない方も、自分自身の体調を管理し、健康な生活習慣を身につけることはより良い人生を過ごすことにつながっていきます。
具体的なプレコンセプションケアとして、しておきたい検査や準備について5つの項目に分けて説明します。これらの項目は、女性の健康管理のための項目であり、プレコンセプションケアとは、取りも直さず女性自身にとっての健康管理に他ならないと考えられます。このような視点から、不妊治療中の方は、内科的合併症、特に高血圧・糖尿病のスクリーニングをはじめ、子宮頸がん・乳がんなどのがん検診、性感染症の検査を行い、これらの疾患について妊娠前に対応しておくことが望まれます。
【Ⅰ】バランスのよい食事と運動により、正常な体重を維持
A. 食事と栄養 B. やせ C. 肥満 D. 貧血 E. 骨粗鬆症
【Ⅱ】慢性疾患の評価と改善 ※①
F. 糖尿病 G.甲状腺機能障害 H. 高血圧症 I. 気管支喘息 J. 腎臓病 K. 膠原病・抗リン脂質抗体症候群
【Ⅲ】定期的な健康診断の受診 ※②③
L. 婦人科・子宮頸がん M. 乳房チェック N. ウイルス感染症
【Ⅳ】ライフスタイルの評価と改善
O. 基礎体温 P. こころ Q. 運動
【Ⅴ】禁煙とアルコール摂取を節制
R. たばこ S. アルコール T. 薬 U. パートナー
①慢性疾患:糖尿病、甲状腺機能障害、高血圧症、気管支喘息、腎臓病、膠原病・抗リン脂質抗体症候群など(妊娠初期に内服を避けるべき常用薬の確認)
②がん検診:子宮頸がん、乳がん
③感染症検査と必要なワクチン接種や治療:風疹ウイルス抗体・HIV/AIDS・梅毒など
【Ⅰ】バランスのよい食事と運動により、正常な体重を維持
A. 食事と栄養
妊娠準備のために、お母さんの体の栄養状態を整えておくことはとても重要です。赤ちゃんがまだ「胎芽」と呼ばれる受精後第8週までを「器官形成期」といいますが、この時期にドラマチックな形態形成と細胞の増殖分化が起こり、ヒトとしての形がほぼ出来上がります。器官形成期には有害な外因の影響を特に敏感に受けやすく、様々な先天奇形が起こりやすい時期です。
妊娠を考えたその日から、葉酸の摂取始めることをお勧めします。葉酸はビタミンB群の一種で、細胞が増殖するときに欠かせないビタミンです。妊娠初期の器官形成期に葉酸が不足していると、神経管に異常のある赤ちゃんが生まれるリスクが高くなるといわれています。葉酸はほうれん草やブロッコリーなど、色の濃い野菜に多く含まれます。しかし、野菜からの摂取は限られているために厚生労働省は妊娠の可能性のある女性は、食事に加えて1日400μgの葉酸をサプリメントから摂取することを推奨しています。
また、妊娠初期の高血糖は先天異常の発症率を高めるといわれており、血糖値を良い状態にコントロールしてから計画的に妊娠することが大切です。ご自身の血糖の値を知り、必要であれば血糖のコントロールをしましょう。妊娠判明後から血糖コントロールを開始しても、先天異常の発症頻度は低下しないと報告されています。
B. やせ
妊娠中の適切な体重管理のために、妊娠前の体格をもとにBMIを用いて分類しています。
※BMI(Body Mass Index)= 体重(kg)÷(身長(m)×2)
18.5≦BMI<25が標準範囲
低体重(やせ)(BMI18.5未満)、ふつう(BMI18.5以上25.0未満)、肥満(BMI25.0以上)と区分し、区分別に推奨体重増加量が示されています。肥満1度(BMI25以上30未満)の場合、妊娠中の体重増加量7〜10kgが目安です。肥満2度(BMI 30以上)の場合は、上限5kgまでを増加量の目安とし、妊娠期間中の状況を踏まえた個別対応が必要とされています。
やせとは一般的にBMI※18.5未満の場合をいいます。体脂肪は女性の月経に大きく関連しており、過度なダイエットは排卵障害をひき起こし、月経不順や無月経、続発性女性不妊症の原因となります。
過度なダイエットで視床下部-下垂体の機能が不全となり、視床下部からの性腺刺激ホルモン放出ホルモンの分泌や下垂体からの性腺刺激ホルモン分泌が障害をうけて、無排卵となり、月経不順や無月経の原因となります。
日本では1980年代以降に低体重の赤ちゃんが増え、2,500g以下の低出生体重児の割合は、全出生児の10%に達しています。食生活の変化や若い女性のやせ願望、不妊治療による多胎、早産児の出生率の増加などが指摘されています。
最近では胎生期の低栄養環境が多くの遺伝子の変化を生じさせ、肥満、高血圧、2型糖尿病、脂質異常症、発達障害、精神疾患、認知機能低下など、多岐にわたる疾患の発症リスクとなるという考え(DOHaD:Developmental origin health and disease)が提唱され、世代間にわたる重要な課題として注目されています。
C.肥満
肥満とは一般的にBMI※25以上の場合をいい、月経異常のリスクが高くなるといわれています。肥満は排卵障害の70〜80%を占め、その多くが多嚢胞性卵巣症候群(PCOs)といわれています。特にインスリン抵抗性を伴う肥満型PCOsでは、高インスリン血症とそれに伴う過剰な高アンドロゲン血症によって、卵胞の発育・成熟過程が障害され排卵障害をきたします。
また、肥満は高血圧や糖尿病などの生活習慣病をひきおこし、そのまま妊娠した場合は、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病、帝王切開分娩、巨大児、といった妊娠合併症のリスクも高まります。
D.貧血
成人女性の約9%に鉄欠乏性貧血が認められ、慢性的な鉄欠乏状態を含めると50%にも及びます。妊婦は非妊婦よりも鉄欠乏性貧血になる率が高く、これは胎児の成長により、胎児と胎盤・臍帯に貯蔵される鉄量が増加し、妊娠中期以降母体の血漿量が50%増大するため、鉄分の需要量が増すからです。
妊娠性鉄欠乏性貧血は、早産や低出生体重児のリスクを増大させます。また母親に貧血があった場合、乳児は生後1年間に貧血を発症する可能性が高くなり、発育に影響を与えます。貧血を発症した場合、鉄剤を服用すると胎児・新生児の発育に良い効果をもたらします。
鉄には動物性食品に多い吸収性の良いヘム鉄と、植物性食品に多くヘム鉄より吸収率の低い非ヘム鉄があります。非ヘム鉄でもビタミンCやタンパク質と同時に摂取することで吸収率が上昇し、逆にカフェインの多い食品と一緒に摂取すると吸収率が低下するので、食事のとり方にも注意が必要です。
E.骨粗鬆症
骨粗鬆症とは、骨の中に海綿状に小さな空間が多発し、骨がもろくなる病気です。骨は常に骨芽細胞と破骨細胞によって、骨の形成と吸収がバランスよく行われ一定量が保たれています。エストロゲンには骨芽細胞の活性を高める作用があり、女性ではエストロゲン量が急速に低下する更年期以降に骨粗鬆症を起こしやすくなります。また妊娠中や授乳期にも母体のカルシウムが胎児や母乳に移行してしまうため、骨粗鬆症を起こしやすくなります。
骨密度は若年成人女性(20~40歳までの健康な人)平均値との比較(YAM比)として評価されます。YAM比が70%以上80%未満では骨量減少症、70%未満で骨粗鬆症と診断されます。骨粗鬆症の予防には、①適正体重の維持、②適切な運動と栄養、③喫煙と過剰なアルコール摂取を避ける、の3点が推奨されています。
適正体重の目安として、活動量の多い18〜20歳頃の体重が理想とされています。椎骨や大腿骨など体の大きな骨に対する運動刺激は、骨代謝を活性化し骨粗鬆症の予防になります。栄養素の摂取量の目安として、1日当たりカルシウム700~800mg、ビタミンD 10~20μg、ビタミンK 250~300μgが必要で、これらは骨の形成過程で重要な材料となります。
骨の主成分であるカルシウムはビタミンDと一緒に摂取すると効果が高まります。ビタミンDは陽に当たることやサプリメントから摂取するとよいでしょう。
過剰なアルコール摂取は、胃腸でのカルシウムの吸収を抑制し、アルコールの利尿作用によりカルシウムの排泄量が増加します。喫煙は胃腸の働きを抑制するため、カルシウムの吸収が妨げられ、エストロゲンの分泌を減少させる作用があります。
【Ⅱ】慢性疾患の評価と改善
F.糖尿病
妊娠すると、胎盤から分泌されるホルモンの影響でインスリン抵抗性が強くなります。これは妊娠後期になるにつれてより強くなり、血糖を正常に保つために必要なインスリンの量が増え、さらに血糖値が上がりやすくなります。
妊娠中に糖尿病を発症していると巨大児または低体重児の出生率が高くなり、母体だけでなく赤ちゃんも合併症を発症する率が高くなります。分娩も帝王切開になることも多く、生まれた赤ちゃんも2型糖尿病を発症する率も増えます。
妊娠中の糖代謝異常には、妊娠前から糖尿病がある「糖尿病合併妊娠」と、妊娠中に初めて発見される「糖代謝異常」があります。後者の妊娠中に初めて発見される糖代謝異常には、正常よりも血糖値が高いが糖尿病と診断するほどには高くない「妊娠糖尿病」と、糖尿病の診断基準を満たすことが妊娠中に判明した「妊娠中の明らかな糖尿病」の2つに分かれます。
妊娠前の血糖値と胎児の先天異常や形成異常の発生率、および流産率は相関するといわれており、糖尿病がある女性が妊娠を希望する場合は、血糖を十分に管理した上で計画的に妊娠することが望ましいとされています。妊娠成立後から血糖コントロールを開始しても、発症頻度は低下しないといわれているため、HbA1c 6.5%未満に血糖をコントロールすることが推奨されています。経口糖尿病薬を妊娠前から使用することについては安全性が確立されていません。糖尿病合併妊娠の管理にはインスリンによる治療が望ましく、妊娠前からインスリン治療を行うことが推奨されています。
妊娠前に糖尿病網膜症が進行していると、妊娠中に悪化することもあるため、重症の場合は眼科医と相談が必要です。また腎症がある場合は、妊娠中に悪化することがあります。妊娠前からの厳重な管理が必要です。
G.甲状腺機能障害
甲状腺ホルモンは、体の代謝や生命活動に不可欠なホルモンで、妊娠の成立・維持にも大切な働きをしています。甲状腺機能低下症があると流産、早産、常位胎盤早期剥離、産後甲状腺炎の頻度が増えると考えられています。ただし流産や早産に関しては、甲状腺抗体陽性(橋本病)と関連が深いといわれています。また、胎児や乳児の脳の発達にも関係するため、妊娠前から甲状腺ホルモンのバランスを適切に評価することが大切です。甲状腺機能障害は、甲状腺ホルモンの分泌が過剰になる甲状腺機能亢進症と、低下する甲状腺機能低下症の2つに分類されます。
甲状腺機能亢進症の代表的な疾患はバセドウ病です。バセドウ病は、甲状腺を過剰に刺激する抗体が体内で作られ、血液中の甲状腺ホルモンの濃度が高くなる病気です。甲状腺ホルモンが高くなると、動悸や発汗があり、食欲が増す割に体重が減少したりします。人によっては、目が出たりまぶたが腫れたり(眼球突出や眼瞼腫脹があります)することもあります。治療として抗甲状腺薬、手術療法、アイソトープ治療などがあり、患者の病状に合わせて選択されます。
甲状腺機能低下症の代表的な疾患は橋本病です。橋本病は甲状腺に慢性の炎症が起きている病気です。炎症が進み甲状腺ホルモンが十分に作られないと甲状腺機能低下症となり、治療が必要となります。橋本病による甲状腺機能低下症は自然に治る場合もありますが、治らない人は不足分の甲状腺ホルモンを服用することで治療になります。
H.高血圧症
妊娠前または妊娠20週未満で高血圧がある場合を「高血圧合併妊娠」といいます。高血圧合併妊娠は妊娠高血圧症候群や早産、胎児発育遅延、常位胎盤早期剥離、帝王切開率が増加するといわれています。
妊娠成立後血圧はゆるやかに降下(生理的血圧降下)し、妊娠20週付近で最低値となり、その後妊娠40週前後までゆるやかに上昇します。そのため妊娠中の生理的血圧低下が高血圧合併妊娠を分からなくする恐れがあるため、妊娠12週までに診断することが望ましいとされています。生理的血圧降下は妊娠のごく初期から始まるので、妊娠前より血圧測定の習慣を身につけ、自身の血圧を把握しておくことが大切です。
日本高血圧学会では、収縮期血圧140mmHg以上、または拡張期血圧90mmHg以上、家庭血圧で収縮期血圧135mmHg以上、または拡張期血圧が85mmHg以上を高血圧と定めています。妊娠・出産時のリスクを最小限に抑えるために、この数値を参考に血圧をコントロールすることが必要です。
高血圧を予防する生活習慣も大切で、妊娠を考える前に自身の生活スタイルの見直しをお勧めします。塩分摂取量は、妊娠前・妊娠中1日6g未満に抑える必要があります。すでに高血圧がある方は、生活習慣の改善のほかに降圧薬による治療が必要となる場合(収縮期血圧160mmHg以上、または拡張期血圧110mmHg以上、)があります。
I. 気管支喘息
気管支喘息には、病因アレルゲン(炎症や急性閉塞をもたらす要因)が明確な「アトピー型喘息」と、明確でない「非アトピー型喘息」があり、成人の喘息の過半数はアトピー型喘息です。免疫反応で起こる気道の慢性炎症であり、アレルギー性炎症とも呼ばれます。
妊娠中には、呼吸器系、心血管系および循環系の変化が、胎児への酸素供給や胎児の酸塩基状態に影響してきます。母体の肺機能と血液の酸素供給を正常に保つよう努力することが、胎児への正常な酸素供給を確保するのに何よりも重要です。妊婦における喘息の悪化は、妊娠中期〜後期(24〜36週)に起こることが多く、早産や胎児発育不全の原因となります。
妊娠中の治療目標は、正常な(正常に近い)肺機能を維持し、夜間症状を含めた諸症状のコントロールと、運動も含めた正常な活動レベルを維持すること。また、喘息が急激に悪化することの予防し、喘息治療薬の副作用を回避することです。
妊娠中の喘息は、定期的に妊婦健診を受診し、母体と胎児の健康状態を評価することが大切です。環境におけるアレルゲンの回避またはコントロールをしっかりと行い、妊娠中であっても喘息の薬物治療を継続することが重要です。妊娠中の治療薬は吸入ステロイド薬で、妊娠中の安全性は非妊娠時とほぼ同等と考えられています。
J.腎臓病
妊娠中はさまざまな要因で腎の構造や機能、血行動態の変化がみられます。血管や間質の変化により腎容積は約30%増大し、長径は1〜1.5cm大きくなり、尿路系の拡張もみられます。妊娠前からのホルモンの影響で、月経周期によって腎機能の変化がみられます。この変化は妊娠成立後も継続しますが、卵巣ホルモンであるプロゲステロンと、その他いくつかのホルモンが関与しているといわれています。
妊娠が腎疾患に及ぼす影響として、高血圧の発症と悪化、蛋白尿の増加、腎機能低下があります。一方、腎疾患が妊娠に及ぼす影響として、流早産の増加や子宮内胎児発育不全、妊娠高血圧症候群の発症、周産期死亡率の増加があります。これらの母児合併症は妊娠前の腎機能障害の程度により変化するといわれています。
尿検査は、腎臓病の早期発見に適した検査で、妊娠前からきちんと評価しておくことが大切です。蛋白尿スクリーニングには、随時尿の試験紙法による尿蛋白半定量法を用います。随時尿における蛋白尿スクリーニングでは、しばしば偽陽性になることが知られており、(1+)の場合は複数回の新鮮尿検体での確認が必要です。(2+)以上は病的蛋白尿の可能性が高くなります。健康診断等で尿蛋白が出た場合は放置しないで治療しましょう。
妊娠中に出現した蛋白尿は、妊娠高血圧症候群による蛋白尿であれば、出産後 12週までにほぼ消失するといわれ、産後12週までフォローアップが必要です。
K.膠原病・抗リン脂質抗体症候群
若い女性には膠原病の体質や、抗リン脂質抗体を持っている方がいます。まれですが、それらは胎児の発育に影響を与えたり、不育症や早産の原因になったりすることがあります。
膠原病とは、免疫の働きに異常を生じて、自分自身の体を攻撃してしまうことによって起こる病気の総称で、関節リウマチ、多発性筋炎/皮膚筋炎、全身性エリテマトーデス(SLE)、強皮症、混合性結合組織病、結節性多発動脈炎、シェーグレン症候群などがあります。
抗リン脂質抗体症候群(APS)とは抗リン脂質抗体という自己抗体が原因となって、動・静脈血栓症、ならびに不育症、妊娠高血圧症候群などの産科合併症を発症する病気です。男女比は1:5程度で女性に多い疾患で、平均発症年齢は30-40歳前後ですが、思春期から高齢者まで幅広く発症し得る病気です。APSの半数がSLEを合併して発症するといわれています。
妊娠しても胎盤に血栓が発生し、流産や死産を繰り返す病態を不育症といい、1人目を正常に分娩した後に不育症となることもあります。不育症の発生頻度は妊娠経験者の4.2%で、不育症患者のうち3%がAPS、6%が偶発抗リン脂質抗体陽性といわれています。不育症や妊娠高血圧症候群などの産科合併症を繰り返す場合は、低用量アスピリンによる抗血小板療法に加え、ヘパリンによる抗凝固療法で合併症をコントロールすることがあります。
【Ⅲ】定期的な健康診断の受診
L.婦人科・子宮頸がん
クラミジア・トラコマティス感染症は、炎症症状が出にくく罹患しても気づきにくい感染症です。性行為感染症の一つで、子宮頸管炎や骨盤腹膜炎を引き起こす原因となります。母子感染により新生児結膜炎や肺炎を引き起こすため、妊婦健診では妊娠30週までにクラミジアスクリーニング検査を行うことが推奨されています。診断は頸管粘液PCR検査で行い、治療はマクロライド系抗菌薬で行います。性行為感染症であるクラミジア感染症は、パートナーに対しても検査が必要です。
子宮頸がんは、子宮頸部から発生し、ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染によって起こります。HPVは性交渉で感染し、子宮頸がんの原因となり得るハイリスクHPVは13種類ほど知られています。90%以上の女性が一生に一度は感染し、多くの場合は自然に排除されると考えられています。しかしハイリスクHPVの持続的な感染が続くと、一部に前がん病変である異形成や子宮頸がんを発症すると考えられています。
子宮頸がんは、20代後半から発生率が急激に上昇し、30~40代にかけてピークを迎え、妊娠・出産適齢期や子育て世代の女性に多いがんという特徴があります。婦人科の診察で観察や検査がしやすいため、発見されやすいがんでもあり、妊娠前からの定期的な検診が必要です。
M.乳房チェック
乳がんの早期発見のために、月1回のセルフチェックを習慣づけましょう。月経終了後4~5日目頃のタイミングで、乳房の形を鏡でチェックし、くぼみやひきつれがないか確認します。自分の手でしこりがないか触ってみることも大切です。またセルフチェックと並行して、定期的に乳がん検診を受けることも大切です。
乳がんは、早期(病期0期・Ⅰ期)の段階で発見できれば、0期はほぼ100%、Ⅰ期は90%の治癒を見込めるという結果が得られています。しかし早期の乳がんは自覚症状がなく、自分自身で気づくのは難しいといわれています。マンモグラフィや超音波検査などの画像診断が有効であり、自覚症状がないうちに、画像診断を含めた定期的な検診を受診することが重要です。乳がんの発症リスクの高い30代後半~40代後半の人は、2年に1回は乳がん検診を受けることをお勧めします。
乳がんの早期発見は、乳房温存治療が可能になる、治療期間が短くて済む、治療費が少なくて済む、などの利点があります。治療後も生活の質を下げずに生活することが可能です。
妊娠中や授乳中は、乳房のサイズが増加することから、乳房のしこりを見つけることが難しくなります。そのため、乳がんがより進行した段階で発見されることがあり、妊娠前に乳がん検診を受けておくことをお勧めします。ただし、妊娠自体が、がんを悪化させることはないといわれています。
N.ウイルス感染症
母子感染とは、何らかの微生物(細菌やウイルスなど)がお母さんから赤ちゃんへ感染することをいい、赤ちゃんがおなかの中で感染することを胎内感染といいます。妊娠中、注意すべき胎内感染のひとつに風疹があります。
風疹とは、風疹ウイルスが感染者の唾液や飛沫などによって他の人にうつる病気で、春から夏にかけて流行します。主症状は発熱、発疹、リンパ節の腫れです。1週間程度で自然に治りますが、妊娠初期の女性が風疹に罹(かか)ると、胎児にも感染し、耳が聞こえにくい、目が見えにくい、生まれつき心臓に病気がある、発達がゆっくりしているなど「先天性風疹症候群」を発症する場合があります。
風疹の予防接種で、先天性風疹症候群から胎児を守ることができます。特に妊娠前の女性、妊娠中の女性の家族、ご主人は予防接種をご検討下さい。風疹は、今は成人に多い病気で、10代後半から50代前半の男性と、10代後半から30
代前半の女性が多く発病しています。過去に風疹にかかったことやワクチン接種の記憶がない方は、医療機関での風疹抗体検査をお勧めします。
風疹ワクチンの接種回数は子どもの頃の摂取を含め2回が理想です。2回接種することで、体内で1回作られた免疫機能が、さらに免疫機能が高まる「追加免疫効果」が期待され、風疹にかかりにくくなります。
ただし妊娠中、風疹の予防接種は受けられません、これは、風疹ワクチンは「生ワクチン」といって、生きている病原体を使うためです。
【Ⅳ】ライフスタイルの評価と改善
O.基礎体温
基礎体温とは、体温の変動要因が最も少ない起床時に測定した体温のことです。女性の体はホルモンの影響によって体温が変化します。例えば、排卵後は黄体からのプロゲステロンが視床下部の体温調節中枢に作用し、体温を0.3℃以上上昇させ周期的な体温の変化を繰り返します。
基礎体温を記録し、自分の月経周期を把握すれば、次の月経時期を予測しやすくなります。28日周期の場合、月経から排卵までの14日間が低温相、排卵後から次の月経までの14日間が高温相です。高温相の後、体温が下がり始めたら次の月経のサインです。
正常排卵性周期では、低温相と高温相がはっきり分かれ、14日前後の高温相の日数も十分に確保されます。一方、低温相から高温相への移行に4日以上かかる、高温相が10日未満、高温相の体温上昇が0.3℃未満、などの場合は、黄体機能不全が疑われます。また、周期的な出血はあるが体温の変化が認められない場合を一(いっ)相性(そうせい)と呼び、無排卵周期が疑われます。
妊娠成立の可能性がある期間は、排卵日の6日前から排卵翌日までの8日間、高い妊娠率が期待できるのは、排卵2日前から排卵日までです。低温相から高温相へ移行する時期を排卵日と推測でき、高温相が3週間以上継続し月経がこない場合には妊娠の可能性が考えられます。
月経前症候群(PMS)は、排卵期から月経開始前後に起こる心身の不調(イライラ、眠くなる、集中できない、肌荒れ、むくみ、食欲不振、過食、腹痛、腰痛、頭痛)のことです。月経開始とともに症状は軽減しますが、基礎体温を測りPMSの時期を認識することで、心身の変調に対する心の備えや予防ができます。
P.こころ
月経前不快気分障害(PMDD)とは、月経前症候群(PMS)の中でも特に精神症状が強いために日常生活に大きな支障をきたします。月経のある女性の約3~5%がPMDDを経験すると報告されています。主な症状は、著しい感情の不安定性、抑うつ気分や絶望感、または自己批判的思考、不安、緊張、対人関係の摩擦の増加、集中できない、倦怠感、食欲の著しい変化、過眠または不眠等があります。これらの症状が、他のうつ病やパニック障害などの増悪ではないことも確認された場合、PMDDと診断されます。
PMDDは月経周期と同期して症状が現れるのが特徴です。プロゲステロンが減ると、ガンマアミノ酪酸(GABA)やセロトニンなど気分を落ち着かせ、不安感を除去する作用のある神経伝達物質の働きが低下します。エストロゲンもセロトニンの調節作用があるため、2つの性ホルモンの増減が影響し、PMSを引き起こしている可能性があります。また、マグネシウムやカルシウム不足との関係性や、心身を興奮・緊張モードにする機能をもつ交感神経、心身をリラックスさせる機能をもつ副交感神経の機能低下やバランスの乱れ、すなわち自律神経失調もPMS発症の誘因になっているという説もあります。
PMDDの主な治療方法は薬物療法で、抗うつ薬やホルモン療法、頭痛やむくみなどの症状がある場合は、鎮痛薬や利尿薬などが使用されます。漢方薬やカルシウム製剤が検討される場合もあります。ストレス解消のため、気分転換やリラックスできる時間を意識して取り入れることも大切です。
Q.運動
人が寒さを感じない温度なのに手足などが冷たくてつらく感じる症状を冷え性といいます。冷え性になると起こりやすい症状として、肩こり、腰痛症、膀胱炎、月経不順、不妊症、易感染性、アレルギー、肌荒れ、四肢浮腫、片頭痛、神経症、不眠症などがあります。
人間の体は内臓のある中心部を常に一定温度に保つために、環境の変化に応じて体温調節をしています。皮膚で寒さを感じると、その寒冷刺激が脳に伝わり、自律神経による体温調節機構が働きます。まず毛細血管を収縮させ皮膚表面への血流を減らし、体内の熱を外へ逃がさないようにします。次に筋肉を震わせて、熱を作り出します。また無意識に体を縮めて丸くなり、体の表面積を小さくして熱を逃さないようにします。冷え性の人は様々な原因で、このような体温調節の仕組みがうまく働かず血行が不良な状態となっています。
冷え性の改善には、血液の流れを良くし新陳代謝を促進することです。新陳代謝を促進するのに最適なのが運動です。運動によって全身の血液の循環がよくなると、子宮や卵巣の血流の滞りも解消され月経異常や女性不妊症にも良い効果をもたらします。
適度な運動の目安として「心拍数の上昇」を意識すると良いです。最大心拍数(その人にとって一番早い心拍数、220-年齢に相当)の60~70%を目標に、週一回、30分以上の運動を行うことが健康な体づくりに適しています。下半身には大きな筋肉がたくさんあるため、スクワットや早歩きのウォーキングが有効です。日常生活では、なるべく階段を使用する、家事で床拭き掃除を行う、歯磨きを行いながら踵の上下運動など、普段の生活を変えることなく、身体の動かし方で血流の改善をはかります。無理なく行うことで習慣化されやすくなり、長く続けることが可能となります。
【Ⅴ】禁煙とアルコール摂取を節制
R.たばこ
たばこの煙には、ニコチンやタール、一酸化炭素、窒素酸化物をはじめ多くの有害物質が含まれており、肺がん、狭心症、心筋梗塞、脳卒中、乳がん、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、喘息などの健康障害が起こりやすくなります。
女性では、卵巣への血流を阻害し卵巣機能が低下、卵子が減少する原因となります。女性ホルモンの分泌を抑制し、卵子の遺伝子異常と老化を引き起こし、受精率や着床率に悪影響を及ぼします。男性では、精子濃度や精子運動率に低下、精子の遺伝子異常の増加を引き起こします。
たばこを吸っている妊婦は、吸わない妊婦より1.5倍ほど流早産のリスクが高まり、吸う本数が増えるほど早産しやすくなります。また1.3倍ほど周産期死亡が高まり、2500g以下の低出生体重児が生まれる頻度も2倍ほど高くなります。健康に全く問題のなかった乳幼児が、眠っている間に突然死亡してしまう乳幼児突然死症候群(SIDS)の発症率を高める要因にもなります。
受動喫煙とは、たばこの先から出る副流煙や喫煙者が吐き出した煙にさらされ、多量の有害物質を吸入することです。たばこの煙粒子が目に見えない程薄く広がった状態や、喫煙後の衣服や髪、壁、カーテンなどから発散する物質、空気清浄機によるフィルターで煙粒子を除いた「煙として見えない成分」にも有害物質が多く含まれています。受動喫煙により小児では、咳・痰・喘鳴・息切れなどの呼吸器症状、注意欠陥多動性障害(ADHD)、アトピー性皮膚炎などなどの病気が増加します。
男性の喫煙率は、2019年で27.1%、女性では妊娠が一番多い年代、20−29歳と30-39歳でそれぞれ7.6%と7.4%でした。妊娠を望むなら、自分自身だけでなく、パートナーにも禁煙してもらうことが大切です。
S.アルコール
妊娠中のアルコール摂取により、流産、死産、先天異常のリスクが高まります。アルコールによって引き起こされる先天異常は、胎児性アルコール症候群(FAS)として知られており、子宮内胎児発育遅延ならびに成長障害、精神遅滞や多動症などの中枢神経障害、特異顔貌・小頭症などの頭蓋顔面奇形、心奇形・関節異常、など種々の先天異常が生じます。
原因は、エタノールとその代謝産物のアルデヒドが胎盤を通過し、胎児細胞の増殖や発達を障害すると考えられています。妊娠初期の器官形成期では特異顔貌や種々の奇形が、妊娠中後期では胎児発育遅延や中枢神経障害が生じ、妊娠全期間を通じて影響があります。妊娠中の飲酒は安全量が確立されておらず、少ない量でも胎児に影響をおよぼす可能性があります。
男性に比べ女性は体も肝臓も小さく、酵素活性も弱いため、アルコールの吸収・分解速度(処理能力)が遅いとされています。また、男性よりも一般的に体脂肪が多く、体内の水分量も少ないため、血中のアルコール濃度が高くなる傾向があります。授乳期の飲酒は、アルコールが母乳へ移行する割合が高く、血液中のアルコール濃度と母乳中の濃度はほぼ同じになります。母親が飲酒をすると、吸収されたアルコールが母乳を通じて赤ちゃんに届き、妊娠中と同じような悪影響を及ぼす可能性があります。
妊娠、育児期は疲れやストレスがたまりやすくなっています。体調のよいときにウォーキングやヨガなどの軽い運動や、音楽や読書、アロマテラピーなど、自分に合った方法でストレスを解消しましょう。また、夫も一緒に禁酒するといった協力が大切です。
T.薬
妊娠中に薬を内服する場合、母体と胎児両方の影響について注意が必要です。しかし、薬によるリスクを心配し、本人が自己判断で内服を中止することは、母体の健康状態が悪化し胎児にも悪影響を及ぼすおそれもあります。慢性疾患がある場合、薬を続けなければならない事で妊娠をあきらめてしまう方もみられます。
赤ちゃんに対する薬の影響は、妊娠のどの時期に薬を服用したかにより異なります。中には体内に長く残る薬もあり、注意する必要があります。特に妊娠4週から8週までは胎児の体の原器が作られる器官形成期であり、奇形を起こすかどうかという意味では最もリスクが高い時期で、妊娠していることに気付きづらい時期でもあります。
厚生労働省では、2005年10月より、国立成育医療研究センターに「妊娠と薬情報センター」を設置し、医薬品が胎児へ与える影響など最新のエビデンスを収集・評価、その情報に基づいて、妊婦あるいは妊娠を希望している女性や授乳中の女性に対し、妊娠と薬及び授乳と薬に関する相談に応じる業務を実施しています。さらに全国35の協力医療機関ととともに、相談者を対象として調査を行い、新たなエビデンスを確立する調査業務も併せて行っています。
また、「妊娠と薬情報センター」では授乳期間中の医薬品の使用について情報を提供しています。母乳の重要性や医薬品使用のリスクについての考え方を説明するとともに、「安全に使用できると思われる薬」、「授乳中の治療に適さないと判断される薬」の情報を公開しています。
(http://www.ncchd.go.jp/kusuri/lactation/index.html)。
U.パートナー
パートナーも血液検査(貧血・肝機能・腎機能・脂質異常・血糖など)や感染症チェック(風疹・麻疹・水痘・おたふくかぜ)などの基本検査と必要な場合はワクチン接種などを行っておきましょう。
食事や運動などのライフスタイル、禁煙や節酒などの生活習慣の改善は、生活習慣病の予防となります。生活習慣病には、糖尿病、脂質異常症、高血圧、癌、脳卒中、心臓病など日本人の健康に大きく影響するものが多く、予防が重要です。
生活習慣病を予防するため、食事は自分の年齢や性別に適した摂取エネルギーを守り、必要な栄養素をしっかり取りましょう。1日の適切な摂取エネルギーの目安は、30~49歳までの男性の場合で2,650㎉、女性なら2,000㎉です。適切な栄養バランスは、炭水化物が50~65%、タンパク質が13~20%、脂質が20~30%です。 これに加えてビタミンやミネラル、食物繊維などを組み合わせます。
運動は有酸素運動が効果的です。有酸素運動では、たくさん酸素を取り入れながら体に負荷がかかりにくい動きをできるだけ長く続け、体内に蓄えられた糖質や脂肪を燃焼し、エネルギーを産生します。
たばこに含まれるニコチンと一酸化炭素は、血圧の上昇や血流の悪化に影響します。禁煙方法の一つとして、禁煙外来を受診することもおすすめいたします。
過度な飲酒は高血圧症や脂質異常症の原因となり、継続的なアルコールの摂取は血圧の上昇を引き起こします。健やかな子供の誕生を目指し、健康的な生活を心掛けていきましょう。